愛、アムール

2023年7月15日


結論から言うと、ハネケ監督の演出をとことん味わう映画、でした。

・・・というかハネケ作品はいつでもそうなのだけど。
今回は難解なところもなく、ただただその演出力の見事さに溜息でした。

天才ミヒャエル・ハネケ監督。
今回の題材は、愛。ハネケ風の愛の描き方。
もう毎度毎度言っている気がしますが、とにかく演出の見事さにつきます。

いつも彼の作品を観るたびに、その演出の妙技にやられたー!と恐れ入っている私ですが、今回ほど集中したことがあったかしらと思うほど、引き込まれて観ていました。

じわじわ……じわじわと、不安感を煽ってくる演出。

効果音もまた、不安感を煽ります。

最初から最後までかたときも気を抜けない。

ある意味、監督の嫌がらせに対して自分を守っているような、無駄な抵抗のような感じにも思えてきたり…と思考を混乱させられ。

監督のクリアな感性と高潔な不快感に満ちた世界が目の前に繰り広げられているのをじーーーっと眺めながら、必死に考える。
このシーンの意味は?

精神状態を中庸に保ちながら、じわりじわりと変化していくさまをでき得る限り受容することで、なぜだか心の平穏へと導かれているような気がするのです。


そしてまた、主役のお二人の演技が壮絶。心に突き刺さってきます。


私の身近でも少し似たようなことが過去にあったので、アンヌの症状の変化していくさまはなんとなくわかるしその症状の理由なども多少はわかってしまうので、歯がゆい気分にさせられたりもしました。
観るのに結構な覚悟が必要だったけれど、ハネケ監督を信頼していたから観ることができたのかもしれません。
また、介護をする夫ジョルジュの、表面にはほとんど感情を出さず淡々とした姿が、実のところ最も心に残りました。妻の人生すべてと彼女の望みを受け入れる姿。そこに確かな真実が存在していました。アンヌの元気だった頃を思い出すシーンには、思わず泣いてしまった…。
そして彼の細やかな心が、本当にわからないくらいに少しずつじわじわと壊れていく様子は、ハネケ監督の、もうそれは見事としか言いようのない演出によって描き出されていました。


娘役のイザベル・ユペールの存在感も良かったです。
表情がいいですよね。出番や言葉は少なくても、多くのことを語っていました。

ピアニスト役のアレクサンドル・タローは本物のピアニストで、俳優は今回だけにするのかそれともまた何か出演されるのか気になるところです。
ピアノのシーンがたくさんある映画とか!だといいなーなんて期待していますが。


食事のシーンが多く、お皿の内容が気になりました。
だんだんと変わっていくんですよね。
この変化も重要なことを語っています。

映像ではじわじわと変化を見せておきながら、シーンとして描かれない途中の部分がなんとなく想像できる仕掛けになっているところも凄いなあと思いました。

感情的な問題を排除し、決して表面的な感傷にふれることはなく、ただ目の前の現実を受け入れるのだ、という気持ちに観ているうちに自然となっていき(特に夫ジョルジュを観ていてそう感じた)、最後は何か確固たる強さを与えてくれました。
そしてここがこの作品というか、ハネケ監督の本質的なところなのか?もしかして?と思いました。


元気な頃のアンヌの姿は、凛として美しくて本当に素敵で。
そんな姿を静かにうつしだすシーンも心にギリギリと来る。

つくづく、どうして主演女優賞じゃなかったんだろう?って納得いかなかった。
ジェニファー・ローレンスは確かに良かったけれど、このエマニュエル・リヴァの演技は鳥肌が立つほど凄かったです。

無音のエンドロールの衝撃。
ぽかーんと画面を眺めつつ、余韻に浸っていました。

帰り道にも帰宅後もその翌日も、ずっと余韻が静かに心に響いています。

すごいな・・・ハネケ監督。

ハネケ監督ファンとしても、今回はかなりわかりやすくて、そういう意味ではホッとしつつ観ていました。
とはいえ、観終わってから「あそこはああいう意味かなあ?」とか「あれってさ・・・」とか、まあそれはそれは色々と議論をかわしてしまいました。
最近ちょっと、鳩の件で色々とネタにしていたところでもあったため、鳩のシーンについては数日経った今も繰り返し話題にしています。
それにしてもあの鳩のシーンはよくできていたけど、撮影大変だっただろうなあと思う。

素敵なピアノ曲でいっぱいのサントラです。シューベルトがとても印象的に使われています。

演奏は劇中にも登場しているアレクサンドル・タローの演奏です。
ちなみに国内盤のほうへ行くと試聴もできます。

私はタロー氏のCDではこちらを所有しておりました。「スカルラッティ:ソナタ集」

鑑賞後しばらくしてから「あーそういえばこれこれ!」と発掘してきて聴いてます。
端正でくっきりとした輪郭の美音はとても心地よくて、甘すぎず辛すぎずなところも良くて、気に入っています。

なにしろ私はハネケ作品来たーってことしか頭になかったものですから、あとから色々わかって驚いていました。
ジョルジュ役のジャン=ルイ・トランティニャンは「男と女」で超有名な人だったし、
エマニュエル・リヴァって「二十四時間の情事」の女優さんだったんですねえ。

私はこの作品を20年以上前に都内のどこかの劇場に観に行った記憶があります。
当時はアラン・レネ作品にハマっていたっけなあと懐かしくなりました。
広島を題材にしたとても良い作品だった。
アラン・レネ監督作品は、特に映像美が素晴らしい。
是非観てほしい作品です。

哲学

Posted by miniaten