映画『運び屋』の感想

2019年5月2日

作品情報

 時間:116分
 原題:The Mule
 製作:2018年アメリカ 原案:サム・ドルニック『The Sinaloa Cartel’s 90-Year-Old Drug Mule』
 監督:クリント・イーストウッド
 脚本:ニック・シェンク
 撮影:イヴ・ベランジェ
 音楽:アルトゥロ・サンドバル

 キャスト:
クリント・イーストウッド
ブラッドリー・クーパー
ローレンス・フィッシュバーン
マイケル・ペーニャ
ダイアン・ウィースト
アンディ・ガルシア
アリソン・イーストウッド
タイッサ・ファーミガ
クリフトン・コリンズ・Jr

予告編

実話を元にした教訓

"善"と"悪"の狭間で自分自身を追い詰めていく男

観終わって、「あのシーン良かったなあ」と思いに耽ることがあります。
良い映画でした。本当に本当に最高でした。イーストウッド、再びスクリーンに帰ってきてくれて、本当にありがとうございます。感涙です。

めっちゃカッコよかったし、演出も脚本もカメラワークも、スッキリ端正でわかりやすくてしかも重厚で、何もかも素晴らしかった。人間というものの複雑さを、ものの見事に描いているのです。

新聞コラムから着想を得たそうです。そもそもの始まりは脚本だった。「グラン・トリノ」の脚本家ニック・シェンクが書いたものを読んで、イーストウッドが「面白い」と。で、スタッフに「演じたら?」と言われ、すんなり「やるか」となった。が、しばらく間があり…制作に入った。という流れ。

あちこちで90歳の運び屋と書かれていますが、実際に逮捕された当時は87歳。ということは、イーストウッドとほぼ同じ年齢だったんですね。
レオ・シャープご本人のニュース映像がこちら。

こうして見ると、イーストウッドのイメージに、全く似てないわけでもないのだなと確認できますね。ニュース映像では、逮捕後とあって、かなり困惑して怯えた表情ですが、落ち着いてリラックスした状態の彼の写真が劇場で購入したパンフに掲載されており、オシャレでなかなか粋なお爺さん、という雰囲気なんですね。


ニュース記事をざっくりまとめると。

受賞歴のある園芸家であり第二次世界大戦の退役軍人であったレオ・シャープは、アメリカのDEA(麻薬取締局)によって逮捕される。当時87歳。シャープは10年間近くもの間、メキシコ国境からデトロイトまで、車でコカインを密輸する運び屋を続けていた。総額で100万ドル以上稼いでいたと言われる。
懲役20年を求刑されたが、弁護士は、”シャープが認知症を患っていたため麻薬カルテルに誘導されてしまった”と主張し、わずか3年の懲役刑を言い渡された。その後麻薬カルテルにも強制捜査が入り、次々逮捕された。シャープは2016年12月に死去(1924年生まれなので92歳)。 “最年長の麻薬運び人”とメディアで報じられた。

これ↑が大まかですが事実のようです。

映画『運び屋』では、ニューメキシコ(コロラド州)からシカゴ(イリノイ州)まで密輸したという設定になっていたり、家族との交流などは想像の中で追加されたもの、そして裁判の様子も事実とは異なるようです。

なので、実際に起こった事件を元に作ってはいるのですが、『15時17分パリ行き』や『ハドソン川の奇跡』のように事実をできるだけリアルに描いたタイプのイーストウッド作品とは少々違うテイストになっております。

どちらかというとリアルさや生々しさを意図的に避けて、コミカルな演出を多くし、アール爺さんという人物像をイーストウッドが演じることで、時代を生き抜いてきた一人のアメリカの老人を通して、人生の失敗を通して浮き彫りにされる人間らしさと、そして、人間の本当に大切にしなければならないものとは何か?という本質的なテーマに迫っています。

“興味深いキャラクター”

ハリウッド現役監督として最高齢であるクリント・イーストウッド。さらに監督、主演を兼ねているんですよ。凄すぎます。
南西部からシカゴまで、麻薬を運ぶ“90歳の老人”。興味深いキャラクターに決まってます(笑)

かつてはデイリリーというユリ科の花を栽培し、コンテストに出品して、ワイワイと仲間たちに囲まれていた人気者。デイリリーは、日本ではワスレグサと言うユリ科の植物です。中国料理で金針花という名で使われます。一日しか咲かないというので、この映画では「時間の大切さ」を花のはかなさに例えて表現されています。

アールは朝鮮戦争に従軍した設定ですが、イーストウッドもまた朝鮮戦争に従軍しています。同年代ですもんね……。
仕事で成功していたけれど、インターネットの普及で時代の波に乗れず落ちぶれてしまい、事業は閉鎖。
しかも、仕事にかこつけて家に帰らなかったため家族と疎遠になってしまった男……。
家族を大切にしない人は、とことん“悪人”となってしまうのです。

娘の父親への怒り、憎悪が半端ない感じで表現されています。アール自身も、家族を大切にしなかった人生に、後悔の念を抱いている。

「――時間は取り戻せない。」byアール

レオ・シャープの家族や私生活については不明だったそうで、脚本家とイーストウッドの創作とのこと。つまり、家族関係のシーンなどは、シャープではなくイーストウッド本人の実生活が少なからず反映されているのかもしれません。

『ブレイキング・バッド』にリンクした部分

この映画のニュースをネットで見つけた最初の印象は、「これってブレイキング・バッドじゃん♪」でした。内容はぜんぜん違うんですけど。
『ブレイキング・バッド』は、ヤクを製造・販売する人物だし、『運び屋』はヤクを運ぶ人物。でも、もともとカタギの仕事をしている一般人が、家族のために犯罪に手を染めるという部分、それと、高齢者であることや崖っぷちの男という部分など、似ていることが多いのです。
素人が危ない橋を渡っている、というのを見せられる、ハラハラ感――。プラス、ユーモア。そして一回で終わるはずだったのに、どんどんハマっていってしまう闇の恐怖。
『ブレイキング・バッド』に出てくる麻薬カルテルのボスは、メガネをかけた無表情な黒人で、かなり怖いイメージだったんですが、この映画の麻薬王はアンディ・ガルシア。風格はあるが、どこか憎めない、優しい印象でした。

ところで、ガルシアの部下がクリフトン・コリンズ・Jrで、登場シーンで思わず吹き出してしまった。思わず「あんたかよ!!」と心の中で叫んだ。(笑)
というかクリフトン、いつのまにかイーストウッドの親戚(というか義理の息子!)になっていたとは!(驚)

88歳のイケオジパワー

イーストウッドは、ヴィーガン(完全菜食)である、というのは有名な話。
彼はそもそも30代でマカロニウエスタンに出演している当時から、タバコ嫌いでした。くわえタバコの主人公をカッコよく演じていながら、タバコが嫌で嫌でしかたがなく、監督に、タバコをやめたいと懇願したけど却下されたというエピソードを、昔読んだことがありました。
酒類についても、当時からビールを少々飲む程度で、それは今も変わらないようです。

こうしたエピソードをつなぎ合わせてみると、彼はいつごろから菜食を始めたのか不明ですが、食生活は若い頃から健康的なものを選択していたと思われます。
88歳の現在も、元気で若々しく美しく、現役で活躍していることからも、詳しい食事内容は不明なものの、菜食の素晴らしさを体現していると思います。
優しい眼、落ち着いた佇まい。……そういった人としての在り方にも、普段の食生活がにじみ出ているのではと思いました。
そんな彼の醸し出す雰囲気にピッタリの役でした。

終始ハードボイルド感がハンパなく漂う。もう本当にめっちゃカッコイイ爺さんです!
ホレボレ~~~見とれまくって、そしてクスクス笑って……大いに楽しみまくっているうちに、終盤を迎えて、涙涙……。

終盤のハイウェイのシーンは『ガントレット』を彷彿とさせ、イーストウッドが歌いながら運転しているシーンは『ブロンコ・ビリー』を思い出しました。
そういうわけで、本作観ながら、もう、走馬灯のように、イーストウッド過去作品が頭の中をぐるぐる駆け巡っていました。
イーストウッドのつぶやくような静かな歌声がたっぷり聴けます!!!(感涙)

やはり皆、同じ想いをするようで……イーストウッドの映画(出演作も監督作も)を観続けてきた人は、随所に過去作品とリンクする部分を見つけるんですね。
シーンを見ていて、ふと「あ、ここは……」と脳内の記憶=過去に見続けてきた彼の姿がよみがえる。そうして、無性に胸が熱くなる。『運び屋』も、そんなことを繰り返しつつ見ていました。
ファンの人達は、皆、同じことを言っていました。
マルパソカンパニー設立時の頃から続く、ずっと変わらないどっしりした安定感。
イーストウッド作品には、そんなくつろげるアットホームな雰囲気にあふれている。

歳を取っても全く変わらないカリスマ性

飄々としてしたたか。常に前向き。それがイーストウッドのイメージ。
『夕陽のガンマン』で一目惚れして以来、およそ40年以上、それは全く、1ミリも変わらない。
『ダーティ・ハリー』の頃、ツイードのジャケット着用の人が映画館にいたものでした。
歩き方とか仕草とか、つい、コピーしていたりね(笑)。
私自身ツイードジャケットが大好きだし、あと、『夕陽のガンマン』でヒッコリーのシャツとポンチョ、カウボーイハット、ウエスタンブーツ、ガンベルト……。そんなファッションに心惹かれ、ヒッコリーのシャツを何枚も持っているし、ウエスタンブーツも持っていて、秋~冬は愛用している。
完全なる洗脳……というか模倣行動なのであります。でも楽しくて。

『ダイ・ハード』で言えば、“なりきり”ジョン・マクレーンが存在したし、コスプレをして、そのキャラクターになりきる人たちが沢山存在するんですね。千葉ットマンもその一例かと。
“こんな風かな”というような想像ではなく、まさに老齢イーストウッド本人が体を張って演じ、監督した、“実に興味深い老人の運び屋像”なのでした。
近年、イーストウッドは、リアルな血の通った人間像を映像化してきたわけですが、今回もそれがとてもイキイキと描かれていました。

パンフレットに、山田洋次監督がレビューを寄せているのだけど、この『運び屋』のアールは、まるで『寅さん』だと。
ああ、なるほど!と、思わず共感しました。
家族をないがしろにしていた風来坊。
でも憎めないんだよねえ、っていう。
ギャングたちにまで愛されてしまう、人間味。
“こういう演技はよほど自信がないとできません”と山田監督は語っていました。
老いを演じる、凄さ。
そう、あのヨレッとしたアール爺さんは、あくまでも演技らしいですよ。
クリントご本人は、めっちゃ軽やかで元気みたいです。

『運び屋』の映像、撮影について

ロングショットが多用されていて、それがアメリカの大陸らしさ、おおらかさを語るようで(実際はヤクを運んでるんですが……)、ビジュアル的にはとても気持ち良いシーンでした。
プラス、イーストウッドのボソボソ呟くような歌が加わるのが、ますます和む。

実際、ニューメキシコ(コロラド州)からシカゴ(イリノイ州)まで、イーストウッドが運転する様子を撮影しながら移動して、3日ほどかかったそう。驚異的な体力ですね。
イーストウッド作品というと、トム・スターン。というのが定番化していたけれど、今回はイヴ・ベランジェで、いつもと違う撮影監督。
スコーーーンとした抜け感がすがすがしいロングショット。
ただ、この作品をもしトム・スターンが撮影したら?どんな仕上がりだったのだろうと、考えてみたりするのでした。

  • 私の好きなシーン
    • ダイナーのシーン
    • 終盤の空撮シーン
    • イーストウッドが運転しながら歌うシーン
    • 顔にケガをしたイーストウッドがこちらを向くシーン
    • ラストシーン

心理描写の面白さ。
人間の多様性と奥行き。
元妻や娘→怒っているけれど、愛してもいる。
カルテルの監視役→怒りが先に来ていて、でも、次に打ち解けて友情みたいになる。
そんな風にして、人は常に表裏一体なのだと思うのでした。
こういう人間臭さの描き方が、心に沁みます。

緻密な脚本を彩る豪華キャスト陣

ガルシアとクリフトン・コリンズ・Jrについては先程書きましたが、その他のキャスト陣も実力派揃いで大変豪華。
マイケル・ペーニャ、スペイン語を披露。
ローレンス・フィッシュバーンは流石の貫禄。

アールの孫ジニー役のタイッサ・ファーミガは、ベラ・ファーミガの21歳離れた妹だそうです。
目元がそっくり。
お姉さんよりも、若いせいか可愛らしい感じですが、独特の不思議な雰囲気は同じですね。

実の娘さんであるアリソン・イーストウッドが、娘役を演じています。
『タイトロープ』(1984)以来の共演。
彼女も監督業などをやっていて、女優としては久しぶり。
実生活では仲良し父娘なのだそう。
父の映画出演するんだから、そりゃ仲良くなきゃ無理ですよね(^^)
映画づくりはチームワーク。
心が通い合わなければ、良い作品は作れないですね。
それにしても、本作での父娘の確執、すごくよく雰囲気が出てました。

元妻メアリー役のダイアン・ウィーストも、包容力のある演技で、すごく良かった。
彼女は若い頃に『シザーハンズ』に出ていたようなのですが、私はどうにも思い出せない。再見しなくてはなと思う。

ネタバレにならないように書くと、DEAのコリン・ベイツ役であるブラッドリー・クーパーとの絡みが本当~に良いんです。
ブラッドリーのクリントへの絶大なる信頼感が、スクリーンからにじみでてくるんですよね~
いいなあーと思いながら観てました。
ブラッドリーとクリントは、初めての共演だけど、とても気が合っているんだなあ……と、この作品でつくづく思いました。
『アメリカン・スナイパー』では、ブラッドリー主演イーストウッド監督で仕事しているし、プライベートでは親しく交流しているよう。
『アリー/スター誕生』はイーストウッドが監督するはずだったのが、ブラッドリーにバトンタッチしたんですね。
ブラッドリーはイーストウッドを尊敬、信頼していて、イーストウッドもまたブラッドリーを信頼している。素晴らしい師弟関係なのです。

88歳のイーストウッドのお姿を、本作の記念にスケッチしました。

関連作品

本作を観て思い出した作品のリストがこちらです。私も再見して、クリントの過去に旅したいです♪
『グラン・トリノ』
当ブログ感想はこちら
▶PrimeVideoで観る(字幕版)

『アルカトラズからの脱出』
▶PrimeVideoで観る(字幕版)

『ブロンコ・ビリー』
▶PrimeVideoで観る(字幕版)

『ガントレット』
▶PrimeVideoで観る(字幕版)

『タイトロープ』
▶PrimeVideoで観る(字幕版)

『アメリカン・スナイパー』
▶PrimeVideoで観る(字幕版)

『ブレイキング・バッド』←未見なら絶対おススメ!!!
▶PrimeVideoで観る(字幕版)