殺伐と闇堕ちしていくリチャード・ギアを観る『消えた天使』

2023年6月23日

これはちょっと驚きでした。
というのは、アンドリュー・ラウ監督って知らなかったら、中国人監督だなんて絶対誰も思わないだろうな、という感じの作品なんです。
アメリカの抱える深刻な社会問題、性犯罪という病んだ部分に焦点をあてて、犯罪者とそれを監視する者の心の深層を描いていくんですね。
同じ犯罪モノでも、今までラウ監督が撮ってきた香港ノワール的な香りは感じられないんですね。
香港で成功していながら、少しもそのことで売り込もうとしていない姿勢に、監督の自信というか、モノ作りのプライドみたいなものを感じました。
ハリウッド初進出ということですが、監督はあえて、娯楽的でない方向を選んでいるんです。

それにしても不思議だったのは、この作品のあとに『傷だらけの男たち』を撮ってるということです。
ハリウッドでこれだけ渋い、商業主義の臭いのしない作品を作っておきながら、なぜ『傷城』でああなってしまったのでしょうか。
なんだか逆のような?

テーマは性犯罪だし、リチャード・ギアというスター俳優を起用しているけど、全くいつものソフトな彼の印象はなく、あくまでもシリアスに、重くて、暗い、緊張感のある作品でした。
作品的にはとてもきっちりとまじめに作っていて、ラウ監督の才能をひしひしと感じました。
しかし、暗くて重いので、明るく「オススメよっ♪」なんて言えないんですけど……(^^;)
でも、やっぱりラウ監督ってスゴイなー!と思いました。

かつて撮影監督であっただけに、緊張感にあふれ、クリエイティブなカメラワークはさすがだな、と思わせてくれて、そんなところが嬉しかったですね。
今回は人間の深層に働きかけてくる「恐怖」を観る者にうったえるシーンが結構あって、特に後半にはホラーっぽい撮り方だなあ~と非常に興味深く観賞しておりました。
『イニシャルD』ではカーアクションを見事に見せてくれたし、ようするにラウ監督は何にでも挑戦的な人で、そして何を撮ってもちゃんと楽しませてくれる人なのです。

ところで、この作品を観たときに思い出したのが『タブロイド』でした。
(何と、今回の撮影監督であるエンリケ・チェディアクは、『タブロイド』の撮影も手がけていました)
あの作品でも、心の闇と闇が共鳴していく恐怖感を描いていました。


今回の『消えた天使』も、犯罪者の心の闇と、それを追いかけていく監察官(リチャード・ギア)の心の闇が共鳴する恐怖でした。
リチャード・ギアの演技は、その恐怖が表情や身体からにじみ出ていて、今まで観たことがなかった彼の一面を見せてくれたようで、なるほど監督は面白いことをやってくれるものだと感心しました。
監督は『傷だらけの男たち』で、「トニー・レオンに悪役をやらせてみたかった」といたずらっぽく語っていました(実際、悪役トニーは最高でした!)が、いかにも善良キャラのギア様にもダークな役をやらせてみたかったのに違いありません。
なにしろギア様は、まるで『その男、凶暴につき』の北野武ばりに、キレまくり、殴る、蹴る、銃で脅すと、暴走しまくりなのですから、そのギャップというか衝撃度はかなりのものでした。
ああ~監督ったら、ギア様にあんなことやらせて、絶対楽しんでいるに違いないわと思って観ていました。
それと、一見善人ふうの男が豹変するという、このあたりがやはり観る者の心に恐怖感、違和感、そして拒絶したくなる気持ちを起こさせる計算なのでしょう。
ちなみに犯人役の俳優さん、なかなかイケメンさんでした♪次に彼を観るのはどんな役柄かしらんと、楽しみです。

ところで、またもや新宿で観ることになってしまったのですが、今回の古い地下の劇場は、悪趣味な合成香料の香り(おそらく芳香剤)が漂っていて、上映中もずーっとその悪臭を嗅いでいなければならず、観終わってからずっと帰宅後もひどい頭痛に苦しんだのでした。
その悪臭のせいで、じっくり映画観賞できなかった気がして、なんだかちょっと不満が残ってしまいました。
しかし再度劇場に行く気は起こらないので、DVDが出たら、悪臭のしない環境でじっくりと観直したいと思っています。

「怪物と戦う者は、その際、自らも怪物にならぬよう気をつけよ。そして深淵を覗くとき、深淵も覗き返している」
これはニーチェの言葉ですが、この映画鑑賞後に、今WOWOWで放映中の『クリミナル・マインド』を観ていたら同じ言葉が出てきて、思わず娘と2人で大騒ぎしてしまいました。
また、原題は『The Flock』で、群れといった意味、これもやはりニーチェから来ているのかなと思いました。

新任監察官役のクレア・デインズは、11月に公開予定の『スターダスト』にチャーリー・コックスと共演しており、と~っても楽しみにしております♪