映画『サルバドールの朝』の感想

作品情報

 時間:134分
 原題:Salvador (Puig Antich)
 製作:2006年スペイン
 原作:フランセスク・エスクリバノ
 監督:マヌエル・ウエルガ
 脚本:ルイス・アリァラーソ
 撮影:ダビ・オメデス
 音楽:ルイス・リャック
 
 キャスト:
ダニエル・ブリュール(浪川大輔)
トリスタン・ウヨア(村治学)
レオナルド・スバラグリア(山路和弘)
レオノール・ワトリング(甲斐田裕子)
イングリット・ルビオ(細越みちこ)

不条理な死を突きつけられた25歳の青年

この映画はほんとうに良かったです。ほんとうに。
きっと、生涯心に残り続けるであろう、そんな作品でした。

ひとりの青年が、25歳という若さで不条理な死を受け入れなければならなかった、それもあまりにも残酷極まりない鉄環処刑というやり方で。
何かわからないけれども、すごく深いところで突き刺さってくるものがあって、気になってしかたがなくて、1度観に行って、後日すぐにまた2回目を観に行きました。
1回目はいろいろと衝撃が先立って、細かいところまで観られないもので、
2回目はそれはそれはじっくりと、ひとつひとつのシーンをかみ締めるようにして観賞しました。
まるでキリストの受難のように、深い精神世界に訴えかけているようで、その死は、生きていく者への強いメッセージだと感じました。
2回観ても、まだ足りないな・・・と思いました。
もう上映も終了なので、DVDが出たら再度観なくてはと思っています。
劇場の売店で、帰り際、パンフレットを購入するときに、サントラと原作本を一瞬の躊躇もなく購入して帰りました。


私は、上質な映画に出会うと、それを何度も何度も繰り返し観て、あらゆる要素を脳内に叩き込むのが癖です。
意識的というよりは、ほとんど夢遊病者のようにフラフラと劇場へ足が向いているのです。
よくわからないのですが、脳内で、何かと何かがつながろうとしているときに、こういう無意識的な行動が起こる気がします。
これは最近始ったことではなく、映画にはまってしまった10代のころからの、私にとっては実にあたりまえになっていることなのです。
そうやって、徹底的に上質な要素を身体に叩き込んでおくことにより、
脳は日常的に上質なものを追い求める。
求めて求めてやまないのです。
そしてまた逆に、上質でないものは受け入れにくくなり、自動的に質の低いものはスキャンしなくなるのです。

まずは、なんという映像センスの良さだろうかと驚かされるのです。
特に私が魅了されてしまったのは、銃撃シーン。
こんなにおしゃれな銃撃シーンを観たことがない!と思ってしまうくらいに気に入りましたね。

そしてとにかくワンショットごとに美しい構図、ライティング、カメラの動きかた。
色合いや質感の出し方、陰影の表現、どれもこれも美しい。
加工の取り入れ方もセンスがよく、ビジュアル効果の部分で非常に勉強になりました。
最も印象的だったのは車のウインドウに映り込んだ木の枝葉の影。
まるで絵画のように美しくて、ためいきがでるほどでした。
あれは、本当に映り込んだものなのか、それともCGなのだろうかと、ついつい考えてしまうのは現代人の悲しいところだなあ。

衣装や小道具など、それについ目がいってしまうのが素敵でおしゃれなビンテージカーたち。
ルノーやワーゲン、べスパなどが配置された路上での銃撃シーンなんて!
素敵なブルーグリーンのワーゲンがクラッシュするシーンなんて、つい「ああっもったいない・・・!!」と思ってしまいます。

他の映画を観るのをあきらめてでも、本当はスクリーンで何度も何度も観たい作品です。

これを観たあとになぜか「狼たちの午後」が無性に観たくなり、自宅でDVDを観ました。
どこか共通のところがありますね・・・’70年代のノスタルジー。
そしてクールでスタイリッシュな作品の雰囲気と。
お金を路上にばらまくシーンなんか、すごく心に残ります。
ラストシーンも・・・。
「狼たちの午後」、やはりいい作品です。
若きアル・パチーノの、凄みのある圧倒的な存在感!ひりひりするような緊張感がよく出ていました。

さて、サルバドールにもどって・・・。
この作品は俳優さんたちがまた素晴しく良かった!
最も印象的だったのはアラウ弁護士役のトリスタン・ウヨア。
正義感にあふれ、意志の強そうな目。
アラウ弁護士の、最後の最後まであきらめないその姿にも感動しました。
また、看守ヘスス役のレオナルド・スバラグリアも、途中から自己の本質に目覚め、心が変化していくその演技が素晴らしくて、引き込まれました。
そしてもちろん、私がこの作品を観ようと思った一番の理由でもある、ダニエル・ブリュールです。
彼は、ドイツ人と記憶しておりましたら、ドイツ人とカタルーニャ人のハーフだったのですね。
この作品にすんなりと魂が入っているのに納得しました。
そして、違和感無く自然にカタルーニャ語やスペイン語を話しているのもうなづけます。
「グッバイ・レーニン」「ベルリン、僕らの革命」「ラヴェンダーの咲く庭で」「青い棘」「戦場のアリア」と、ずっと彼の出演作を追いかけてきました。
若いのに硬派な社会派の作品選び、そしてその知的な存在感は、とても気になる俳優のひとりです。
ちなみに、この中で私の一番好きなのは「ベルリン、僕らの革命」です。
この作品は、以前、神田昌典先生も絶賛されておりまして、さすが神田先生だなあと思っていました。

サルバドールの父の存在の描き方も、とても心惹かれました。
セリフもなく、暗い部屋でふっと後ろをうかがうように顔をこちらに向けるところを後ろから映すだけ。うーん。
この恐ろしく微妙にそしてごくわずかに感情を表している父の顔、背中。
削りに削り、研ぎ澄ませたその演出には、凄いなあーと感動するばかりです。
父は、かつて、死刑宣告を受けながら恩赦をうけた過去を持つ人物。
そして、その前と後では人が変わったようになり、今は毎日ぼんやりとTVの前に座ったきりで、無気力な日々を送っているのです。
サルバドールの死刑決定の電話があったときの反応や、また、最後のときの反応。背後からアップになったその顔には、感情らしきものはほとんど表れていなかったけれども、何かすごく深いものを感じました。
恩赦を受けた父と、受けなかった息子。
対照的な親子の運命。
サルバドールの姉妹たちや、彼の仲間たちを演じた女優さん、俳優さんも皆さん印象の強い、非常に表現力のある人ばかりでした。

実は1回目の観賞のときに、一緒に「大統領暗殺」を観たのですが、サルバドールを観たらほとんど記憶から消えました。
マジメに考える気にはなれませんでした。
混んでいたけれど、場内はあっちでもこっちでも寝息が聞こえていました。

私にとっては「サルバドールの朝」があまりにも良すぎたのかもしれません。

こちらが原作本。
映画では表現されていなかった、サルバドールの子供時代なども書かれています。
『彼はコソコソしたりしませんし、とても勇敢で、同時に高貴で無垢でしたから、よく先生から頭を叩かれていました。』
という表現に、彼の性格がよく表されていたと思います。
映像も素晴しかったですが、文章で追っていくとまたじわじわと心にしみます。

こちらがサントラ。
音楽の使い方もとても良かったですね。
反逆のイメージ、’70年代の空気感、よく出ていましたね。
とても印象的な曲ばかりです。

ところで、この、サルバドールの肩に置かれた手がとても気になりますよね。
すごくいいシーンなんです・・・。

ついでにこちらも。

何度観ても、ほんとにいいんです。

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