ブラック・ダリア

シュールリアリズムの楽しみは、事実を裏返してみたところに隠された真実が発見されることなのではないか。

先日、ベルギー王立美術館展に行った際、キャンバスいっぱいに鹿の死体が逆さづりになっている絵画を観た。
狩りの獲物であろう、さらにその鹿の下には、何羽かの小鳥の死体もあった。
残酷な光景ではあるけれども、それは生き物の死体であるとともに、ヒトの食料なのである。
趣味で狩りをし、さほど飢えなくても動物を殺して食べる。人間てこの世で最も残酷な生き物なのではないだろうか。
そんなことを考えながら、実にシュールな絵だなあと思ってその絵を鑑賞していた。
(だけどその絵はシュールリアリズムではないのだけど・笑)

いつも夕方になると、近所から肉を焼く臭いがしてくる。
「ああ、死体を焼く臭いだ」と、笑いながらブラックな冗談を言ったりする。
しかしそのうち「悪臭」に耐えられなくなり、窓を閉め、室内に残る不快なにおいを追い出すために換気扇を「強」にするのだった。

さて話がそれたが、「ブラック・ダリア」の中に私はシュールな美意識のようなものを感ぜずにはいられない。
タバコのけむり、暗闇、血の臭い、黒いドレス、赤いルージュ、悲しげなトランペット、そして人形のような美しい女の死体・・・。
ビターな大人の味のする作品だった。

まず、主人公バッキー(ジョシュ・ハートネット)のナレーション。それは、どういうかたちであれ、事件が片付いたのだなということを想像させながら、始まっていく。
私はどちらかというと、サスペンスものは苦手なほうだ。
なんというか、サスペンスを観ていても、ちっとも思考がサスペンス的になってない(笑)。
普通は、犯人が誰なんだろうとか、推理を働かせながら観るのが正統な鑑賞法なんだろうか。

ま、とにかく。
デ・パルマ監督はカメラワークに独特の美意識があって、それがなんともたまらない魅力である。
彼のカメラの”回し方”には魔力のようなものがあって、クレーンで上からゆっくりと眺めるように追いかけていくお決まりのシーンも美しく、2人の男が階段の吹き抜けを落ちていくシーンや、車の窓ガラスに銃弾が撃ち込まれ、バッキーが一瞬、目をつぶるシーンなど、強烈に印象に残った美しいシーンだと思う。
こういう芸術的な感性がたまらないんだよね。
一番凄いと思ったシーンは、死体を発見するシーンで、建物のこちら側から視点はひょいと屋根を飛び越えて向こう側の道路と、そのまた向こうにある草むらをロングショットでとらえる。
遠いから、まだその意味は観客にはわからない。
左から右へ女が叫びながら走って行き、そのあとから来た車が女を追い越して、ぐるりと道を曲がり、また視点はもとの道に戻る。
このあたりのクレーンを使ったカメラワークはやはり、デ・パルマやったね♪と思わず手を叩きたいところ。

また、全体的に照明を極端に落としていて、暗い。
それが’40年代の暗黒な部分を表しているようでもあり、また、時代の雰囲気のリアル感を出しているともいえる。
その陰影の表現のしかたがほんと、すごく良かった。
影を多用しているところは実にいい。こういう光と影の演出はたまらなく好きだ。
ついでに言うと、こういう暗い映像は、劇場で観ないと、だめ。
スクリーンでないとその素晴しい効果が発揮されないのだ。
同じエルロイ原作の「L.A.コンフィデンシャル」も、とても好きな作品ではあるが、あの作品は照明が明るすぎるのが私は気に入らない点だ。
ちょっと前の作品は、このようにライティングに不満があるものが多い。


主役2人のアーロンとジョシュがとてもいい。
2人は非常に近い個性と相反するものを同時に持ち合わせており、2人を対比させながら話が進行していく。
ひとつの事件をきっかけにして、男たちの人生が壊れていく様子がとてもよく演じられていて、そしてなにしろ、キャラクターによく似合っていた。

特に今回私が惚れ込んでしまったのは、ジョシュ・ハートネット。
ボクシングのシーンも素敵だったし、お気に入りは夜の暴動のシーン。
ポリスの制服姿でフットワークも軽快に、こぶしを構える姿は最高にかっこよかった。
他にも、ベッドで帽子をかぶるところや、雨のシーンでコートの襟を立てるところや、絵になる印象的なショットに溢れていて、観終わったあとも家に帰ってからも、それらの素敵なシーンを脳内のファイルからとりだしては眺め、大切にまたもどしておく。また楽しむために。

スカーレット・ヨハンソンは悪女っぽいイメージが強い女優だが、今回は癒し系の女性を演じていて、その意外性がなかなか良かった。
とにかく、美しかったし。
真っ赤なルージュがぽってりした唇に恐ろしく似合っていて、ブロンドのウエーヴした髪との組み合わせは、マリリン・モンローみたいにセクシーだった。
彼女は強いイメージを持ちながらも、ふっくらとして柔らかそうな身体のせいなのか、癒し系のイメージにもしっくりくるところが不思議な魅力である。
「ロスト・イン・トランスレーション」での彼女も、疲れた中年男性(ビル・マーレイ)を癒す存在としての女という役柄がぴったりはまっていた。
衣装も、ベージュ(これがまた様々なトーンや素材のベージュで楽しませてくれる!)に統一されていて、それが彼女の柔らかく、癒しのイメージを効果的に演出し、また、執拗に居場所を保守しようとする心を表しているようだった。

衣装担当はジェームズ・アイヴォリー作品を多く手がけるジェニー・ビーヴァンで、こういったクラシックな、エレガントで品のある雰囲気を演出するのにはぴったりのデザイナーだろう。
‘40年代のクラシックスタイルのファッションは、男も女もセクシーな魅力に満ちていて、細やかなディティールを観察する楽しみもたくさん与えてくれているところが実に嬉しい。
生地の質感なども、実に素晴らしい。
それらの素晴らしい衣装によって、映画は何倍にも奥行きと質の高さ、優雅さを増す。

個人的にはジョン・カバナーが端役で出ていたのも嬉しかった。
「アレキサンダー」でパルメニオンを演じた俳優で、”美形爺さん”のひとりとして気に入ってる人物。ダンディーなジャケットスタイルにはホレボレしましたね。

ところで私は、ジェイムズ・エルロイが大いに気に入ったので、しばらく彼の作品に浸ることにした。
彼は「人の感情にへつらうような安っぽい善良さ」に嫌悪感を抱いているらしく、私はその気持ちになるほど!と共感した。
善悪の描き方もいい。こっちが善、こっちが悪というようにはっきりした描き方をしない。

あとついでに、私はダリアという花が大好きである。
花びらのひとつひとつが筒状に繊細に巻いて、それが集合体となってなんともいえぬ豪華な美しさを持ち、他の花にはない不思議な魅力がある。
この作品を観てしまってからは、ダリアにもうひとつのダークなイメージが加わって、ますます好きになった。

それにしても、この作品、評判が悪い。
まあ、私にとっては「またか」という感じだけども・・・。
どうしてこう、世間との感想にギャップがあるのか不思議でならない。
みんな一体、何を期待し、何を裏切られているのか理解できない。

とにかく、ダークな美しさが最高の作品♪
かなりお気に入りのひとつになった。DVDが楽しみ。
でもその前に、また観に行ってしまうかも・・・(ていうかもう2回も観ちゃったんですが・笑)。
こういう美しい余韻に浸る作品は、実に素晴らしくイマジネーションをかきたてる、私にとってはなくてはならないタイプだ。