カポーティ

私は、カポーティの本を読んだこともなく、「ティファニーで朝食を」も、さらっと観ただけで、それほど印象的ではなかった。
それでも、この「カポーティ」は非常に入り込んで観ることができた。
また、カポーティという人に興味を持ったし、とてもよく理解できた。
作品がうまくできていたせだと思う。
俳優の演技は話題のとおりよくやってたし、それにたぶん脚本が優れていたせいなのかもしれない。
演出も、贅肉がない感じというか、実にクールでタイトに要点を絞ったという印象だった。
カポーティを知らない人間にも、非常によくわかるように演出されていた。
例えば、列車のなかのシーンでの大きなトランクや、服を見せびらかすことろなど、おしゃれが好きなひとなんだな、とか。
パーティでスノッブなジョークを飛ばしながら周りを大いに笑わせるシーンでは、会話がかなり上手だったんだな、とか。
メモを一切とらず、会話をほとんど記憶しているとか。
そういう細かい人物描写がとても面白く、興味深かった。
とくに見逃してならないのは、冒頭の列車内のシーン。
大きなトランクを運んでくれたポーターにお金を渡して、自分を賞賛するように頼んでおくのだ。
それをすっかり見抜いているネルもスゴイなと思うのだけど、そこで、カポーティが、他人の自分への正当な評価を切望しているのだなということが理解できる。
そしてこのことが、カポーティへの罠になっていく。
カポーティは、作品を完成させるために、心の闇の世界へ足を踏み入れる・・・。

アクション映画も大好きですが、こういった心理描写でとことんやりぬく作品も大好きですね。
激しい展開もなく、でも、ぐいぐいと、その世界に引きずり込まれた。
今回のこの作品で私が非常に心に残ったことのひとつは、
天から与えられたものを生かして生きる男と、それを生かすことなく人生を終わった男という2人の人物像。

この作品を観て、昔、矢沢永吉の言ってた言葉を思い出していた。
「俺は音楽やってなかったら、ヤクザになってた」

この言葉はとても面白い。
ただ、私の個人的な考えは微妙に違うんだけど。
簡単に言うと、才能は生かすも殺すも、その可能性は自分自身が握っているのだ。

カポーティのセリフ。
「例えて言えば、彼と自分は同じ家で育ち、自分は表から出て、彼は裏口から出た」
正確かどうかわかりませんが、こんな感じのセリフだった。
実際に彼が言った言葉なのだろうけど、このセリフに、作品の意図が表れているようだった。
この言い回しはとても素晴しいと思った。
ほんとうによく言い得ていると思った。

ふたりは住む世界が違うのに、どこか似ているところがあった。
非常に恵まれているとは言いがたい環境で育ち、愛がわからないまま大人になった。
そして、天から与えられた表現力を持っていた。
しかしながら、片方は成功して上流階級な暮らし、片方は殺人者で死刑囚である。

カポーティはペリーに共鳴し、その心の闇に引きずり込まれたようになり、抜け出せなくなってしまったみたいに見えた。
心の闇は、誰にでも存在する。ふとしたきっかけでそれが拡大してしまうのかもしれない。
以前観た「タブロイド」という作品でも、殺人犯と取材記者の、内面に潜む心の闇が共鳴するスリリングな面白さがあった。
それは、誰もが犯罪者になりうるのか、という恐怖でもあった。

F.S.ホフマンは賞をとっていることもあり、当然その演技に目がいってしまう。
しかし、こういう特殊な人物像は、演技がしやすいというか、作りやすいのではないだろうか。
だから、一般人から見ても解りやすいのではないかと思う。
でも、この作品は脇役が素晴らしく決まっていた。
それでよけいに主役のホフマンの巧さが浮き立つことなく特にペリー役のクリフトン・コリンズJr.の存在感が光ってた。
凶悪で残忍にはとても見えない、繊細でナイーヴな、青年だった。
配役もあえて弱々しいイメージのコリンズを選んだようだった。

ネルが最後にカポーティに電話口で言うセリフがある。
「あなたは、彼を助けたくなかったのよ」
あれはものすごく突き刺さったな。
ネルって人も、すごい女性だなあと思う。
いつも冷静で、クールにカポーティをサポートしていた。
ちょっと話がそれるが、彼女の着てたファッションがすごく良かった。
ざっくりした手編みのカーディガンとか、あと、クルーネックのカーディに白い開襟ブラウスにジーンズという、まさに50’sの代表みたいなコーディネート。
ひさしぶりにああいうの、着たくなった。

作品の完成は、ペリーの死を意味する。
そのことがカポーティの心に矛盾を生み、葛藤となり、苦しめる。
ペリーに嘘までついて取材を続けるカポーティの目的は、とにかく本を書き上げること・・・。
ペリーには、カポーティの心が見えているみたいだった。
まるで、双子みたいに・・・。

この作品は、犯罪をとりあげながらも、犯人の善悪がどうこうというより、主役であるカポーティから見ていくことを最初から最後まではずさない。
だから、ペリーの視点で見ることも、観客がペリーに対して感情移入させるようなショットも作らない。
彼は、ペリーの人生を自分に投影しているんだなと思った。

助けたいのに、助けたくない。

死んでほしいのに、死んでほしくない。

それは、ペリーであり、カポーティ自身のことでもある。
2人は違う人間でありながら、まるでお互いが自分を映し出す鏡のようだった。

他にも、捜査官役のクリス・クーパーや、ボブ・バラバンなどが個人的に印象に残った。
とくにボブ・バラバンは、ついこの前も「レディ・イン・ザ・ウォーター」に出ていたけど、ほとんど同じような雰囲気だった。

日常生活のなかにいても、心の闇を他者から感じることがしばしばある。
気付かないうちに闇に支配されている人は、大勢存在する。